【どうして「結言」だったのですか?】


「どうして結言という言葉を考えたのですか?」
 
先日、ご縁をいただいたある士業の方から質問を受けました。
名刺に「結言コンサルタント」なんて、アホみたいな肩書きつけてたら、聞きたくもなりますよね。
士業のすることじゃないもの(笑)
 
あーそれはあれですね。

「遺言の遺という字が遺書と同じ字なので、遺言書作成を敬遠する人が多かったから」
「何とかプラスのイメージを持たせられないかと考えたから」

 
です。
 
最初はね。
 
でも、よくよく考えたら自分には「商品」がない。
何か売る商品が必要じゃん、と考えて結言を自分の「商品」にしようと次に考えました。
自分の「商品」が欲しかったし
商売やってるのに「商品」がない、っておかしいですよね。
 
それも自分だけしか扱えない「商品」だったらなおいい。
そういうわけで商標登録もしました。
 
 
「知識」や「法的サービス」は自分の商品ではないし、そんなものは売るべきではない。
そもそも法的サービスって何だ?
法的サービスは一言で説明できません。
 
また、私より知識のある同業者は、たくさんいるので、知識で勝負してもかないません。
そこでは勝負しません。
 
自分のターゲットとなる人を具体的に思い描いてみて、その人が何に困っていてどんな風になりたいのかを考えてみました。
すると、その人にとって「知識」は売り物にならない。
「法的サービス」もピンとこない。
  
結言だったら、困ってることも解決できて、その人の描くイメージに合致するようなことができるのではないか。
そう考えました。
  
実際に、結言という言葉は、結言ストーリーとセットでプレゼンしたことで、
想定したターゲット層に響きました。
 
ストーリー大事ですね。
 
「知識」にも「法的サービス」にもストーリーがないから響きにくい。
 
 
結言は、言ってしまえば遺言書とそんな変わりはない。
実際に、結言みたいな遺言書を作る人はいるし

「結言って、結局は普通の遺言書と変わりないんでしょ?」と言う同業者も多くいます。
 
そうなんです。
変わりないです。

同業者から見るとね。
 
同業者は私のターゲットではないから、同業者の意見はどうでもいい。
私にとって大事なのは、結言がターゲットにどう見えるか、どんなイメージを持ってもらえるか。

「最後の想いを遺す言葉」

より

「人と人を結ぶ言葉」

の方が、イメージとして前向きじゃないですか?

そもそも遺言って、英語で書くと「WILL」でとっても前向きなんです。
WILLには最後とか終活なんて意味はありません。
 

そんな感じで私は「結言」という商品を扱っています。

本にも載ったしね。

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by 073995332 | 2015-03-03 19:02 | つぶやき